妄想とか

例えば、並大抵の奇跡なら一日に一度叶えてくれる機械がこの世に一つだけあったとしたら。

それを使えば核ミサイルが100発打ち込まれようとも誰も傷つかず
1万人が死に至る病気にかかり、特効薬が存在しなかろうと全員を癒し
大型旅客機が墜落し全員死んでしまっても無かった事に出来る。
そういう機械が1日に1度だけ使えるとしたら。

それも、その機械が優しく誰よりも世界の事を考える”良い人”の手に渡ったら。

それで世界は平和になるだろうか?


厨二病です、ごめーんね☆

もし、上記のような夢の機械が合ったとして、最善の使い方とはなんでしょうか?
自分は”一生使わないこと”だと考えます。
たとえば、使った次の瞬間もっと酷い事が起こるかもしれない。
別にそれなら使えるようになり次第無かった事にすればいいだけですが、その時までその機械が手元にある保障は無いわけです。
つまり、その機械を使ったのを見てからその機械ごと核ミサイルでふっ飛ばせば、その後どれだけ大惨事が起きようとも誰も救う事は出来なくなるわけです。
だからこそ使えません、いつこの機械を壊そうと悪意が及ぶか判らないわけですから、常に奇跡を温存するしかありません。
その結果世界は何も変わらず回り続けるわけです、奇跡なんて儚いですね。

ではその機械をジャンジャカ使い続けたらどうなるのでしょうか?
たぶんろくな結末を迎えることは無いと思います。
もしかしたら救い続ける立場なのに人殺しと罵られ恨まれることすらあるかもしれませんね。
それはそれで世界は救われるのですが、きっとその物語はハッピーエンドとは呼べない物語となるでしょう。

ではどう使えばハッピーエンドへと至れるのか
そういう事をあーだこーだ考えるのが最近の娯楽です、楽しい。

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